IFRSにおいては、一つの有形固定資産の中に重要な構成部分が複数ある場合、取得価額を重要な部分ごとに細分化し、その各部分ごとに減価償却を行います。例えば、飛行機の機体とエンジンは別々に減価償却を行うことが適切である、としています。
税法基準では、機体もエンジンも全体で「航空機」として取得価額を計上し、1つのものとして減価償却を行います。
「別々に減価償却を行う」とは、「個別資産(機体とエンジン)」ごとに①取得価額を計上し、②耐用年数を決定し、③減価償却の方法を決定し、④減価償却を行い、⑤未償却残高(帳簿価額)を管理することです。
IFRSにおいては、有形固定資産を「処分したとき」または「その資産から将来の経済的便益が予測されなくなったとき」には、貸借対照表から帳簿価額を除外しなければなりません。同時に、当該資産の帳簿価額(厳密には、見積純処分収入と資産の帳簿価額との差額)を損失額として、包括利益計算書に費用として計上しなければなりません。
通常、見積純処分収入は「マイナスの処分費」になりますので、この費用も包括利益計算書に計上することになります。
IFRSにおいては、有形固定資産を除去したとき、当該資産の帳簿価額をBSから除外(除却)し、その価額を損失としてPLに計上します。 すなわち、有形固定資産の現状と会計とが合致しています。日本では「一部除却」が行われていない企業が大部分であり、「既に除去された資産」が除却されずに、BS上に残されています。
建物の構造体は、内装・外装、建物附属設備に比べて長く使われます。建物の寿命が尽きるまでに、内装・外装・設備は何回か取り替えられます。
すなわち、建物の一部除却(取り外した個別資産の除却)と資本的支出の計上、建物附属設備の除却と新規取得費の計上が行われます。
除却法においては、建築物(建物及び建物附属設備)を構成する各部分別に取得価額を算出し、個別に減価償却を行います。従って、個別資産の帳簿価額をシステマティックに管理します。建築物のコンポーネントの概念を、図表に示します。
これまでの資本的支出の考え方は、現に使用している固定資産に工事などの何らかの支出が行われた場合、その支出を、固定資産の価値を高めたり、耐用年数を延長させることに貢献したと認められる金額(資本的支出:図表中は70)と、通常の維持管理の範囲と認められる金額(修繕費:図表中は30)とに分解処理するというものです(資修区分法といいます)(図表1)。
例えば、建物の竣工当初はタイルの床としていたものを大理石の床などに変更してみた場合などを想像してください。当然のことながら、タイルの床よりも大理石の床の方が価値が高いので、この時点で資本的支出になる金額(部分)があることはわかります。しかし、どれだけの金額が価値の増加に貢献したのかについて厳密な意味で計算するのは非常に困難です。
またこの方法は、物理的になくなってしまったタイルの床の帳簿価額が資産から減額されずに、タイルの床の帳簿価額に価値増加の貢献分をプラスすることで、大理石の床の帳簿価額とみなしていることから、建物の実体と帳簿価額との間の関連性が断ち切れてしまうという欠点があります。
これに対して除却法の考え方は、支出した金額を分ける方法ではなく、あくまでも建物の物理的な変化に着目して会計処理を行います。
例えば、大理石の床を敷く工事を行う前には、タイルの床をはがすという工事が行われているはずですので、先ずは、このタイルの床を除去する工事についての処理を行います。具体的には、はがされてしまうタイルの床の帳簿価額を算定して、この部分を固定資産除却損として帳簿価額から減額します(図表2)。
そして大理石の床の設置工事にかかった金額をすべて資産(資本的支出)として既存の資産の帳簿価額にプラスします。こうすることによって、物理的になくなってしまったタイルの床とともにその部分の帳簿価額が消去され、物理的に獲得した大理石の床とともにその部分の帳簿価額が新たに表示されることになります。
このように、物理的なモノの存在に着目して会計処理を行うという基準を物理的実体基準と呼んでいます。特に、「除却」という取引は、「金銭の支出」ではなく、「物体の減少」を把握することではじめて認識される簿記上の取引なので、この基準(除却法)を適用するにあたっては、金銭管理(文科系)の専門家である税理士・公認会計士などに加えて、建物等の物量(物体)管理の専門家である一級建築士などの技術系の専門家との連携が必要になります。
物理的耐用年数は、コンポーネントの物理的劣化に伴うもので、工学的判断に基づいて決定されます。
代表的な公表データ集として、国土交通大臣官房官庁営繕部監修『平成17年版 建築物のライフサイクルコスト』(建築保全センター、2005年)、建築物のLC評価用データ集改訂第4版編集委員会編『建築物のLC評価用データ集(改訂第4版)』(建築・設備維持保全推進協会、2008年)があります。
上記の2つの出版物における「床カーペット」の耐用年数は、どちらも30年としています。自社使用事務室の床カーペットなら30年間張り替えないケースもありますが、高級テナントビルでは、多くの場合30年以内に張り替えています。
高級ホテルや高級品を取り扱う店舗では、10年以内、場合によっては5年以内に張り替えています。これらの張替えは、工学的判断ではなく、経営的判断に基づいています。
企業は自社の事務所や工場について、短期及び中長期の「使用計画」を策定しなければなりません。
使用計画には、①利用計画(用途、将来の増改築の予定等)、②維持保全計画(建物・設備管理、警備・清掃・点検等)、③修繕計画(時期・費用等)、④資金計画(修繕等の資金確保、保険等)などがあります。
重要な構成部分の耐用年数は、20年サイクル又は15年サイクルの「整数倍」が理想になります。すなわち、20年又は15年ごとの大規模修繕工事において、なるべく同時に更新(取替)を実施することによって、工期及び費用の両面で効率的な工事(施工)を行うことができます。
サイクルの整数倍でない構成部分があると、それだけを単独で工事することになり、毎年何らかの工事が行われ、「工事が絶えない状況」が続きます。
20年のサイクルはやや保守的(自社使用事務所、官庁施設など)であり、より積極的な大規模修繕(同時にバリューアップ)工事を必要とする建物(テナントビル、ホテルなど)では、15年サイクルを採用するケースもあります。
大規模修繕工事の実施サイクルのパターン(図表1)と、重要な構成部分の耐用年数の目安(図表2)を示しておきます。
法人税法施行令第132条の規定は、概念的なものであり、「恣意性の混入」が避けられません。また、「固定資産の耐用年数の算定方式」(図表1)という昭和26年生まれの亡霊、「旧法人税基本通達」(図表2)という昭和25年生まれの亡霊も、いまだに現役で幅を利かしています。
除却法においては、「明らかに修繕費となるもの」以外は、すべて資本的支出(個別資産)にします。そして、次の改修工事実施時に、その部分の帳簿価額を「除却損失」として損金化します。
個別資産ごとに取得価額を算出し、個別に減価償却を行い、帳簿価額を管理することは、極めて合理的な方法論であり、恣意性の入り込む余地はありません。
改修工事を一式資産計上すると、従前の(取り壊した)資産の取壊し費(撤去・処分費)が帳簿価額にプラスされます。
取壊し費は、改修工事費の2割前後になりますので、架空資産が2割ほどBSに過剰計上されます。また、取り壊し費は本来は費用又は損失(損金)となるので、PLにも影響します。
現在の多くの財務諸表においては、既に取り壊されて存在しない個別資産が、除却されずにBSに存在しているケースが大部分を占めています。すなわち、改修による新たな資産だけがBSに計上され、本来除却されてオフ・バランスされる帳簿価額がBSに残ってしまいます。また、除却損失は本来特別損失ですから、これを計上しないと、PL上に架空の利益が発生します。
IFRSにおいても、除却法と同じ処理が求められています。IFRSには特別損失がありませんから、除却損失は包括利益計算書に費用として計上されます。
会社法が施行され、大企業においてはリスク管理体制(内部統制システム)の構築が義務化されました。『財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準』(企業会計審議会、2007年)によれば、「内部統制は、基本的に企業等の4つの目的の達成のために企業内のすべての者によって遂行されるプロセスであり、6つの基本的要素から構成されます。このうち、財務報告の信頼性を確保するための内部統制を『財務報告に係る内部統制』と定義」しています(図表3)。
除却法は、恣意性を排除した合理的・体系的な方法論であり、内部統制の目的・基本的要素に適した方法論です。
企業の要は二つあります。一つは優秀な経営者・従業員という人材であり、そしてもう一つは人(従業員やお客)が快適に過ごせる空間(環境)が整備された価値ある建物です。優秀な経営者・従業員の損失は、企業の売上にダイレクトに影響を及ぼします。また建物も、企業の収益力を生み出す拠点という重要な役割を担っているため、これをおろそかにしては、企業の持続的成長は困難です。経営者は、大切な人材を獲得するための福利厚生(例えば退職金など)に備えて生命保険に加入することがあります。しかし、売上の拠点としての建物の価値の維持向上のための財務的な手当てがほとんど行われていないのが実情です。そこで、人材に掛けている生命保険を建物に活用することが、戦略的に重要になります。なぜなら、人材も建物も企業の生命線であるからです。
経営者・従業員に生命保険を掛けることは、福利厚生の一環として知られています。その代表的な使用方法は、退職金の積み立て(以下「退職金プラン」といいます)ではないでしょうか。将来的な退職金の支給には、まとまった資金が必要なため、その資金確保に生命保険を用いる方法です。退職金プランは、年々の支払保険料が損金処理され、将来的な解約返戻金は雑収入で受け入れられることから、保険の解約と退職金の支給を同時に行うことで解約時の課税関係を消滅させることができます。建物の工事資金を生命保険の解約返戻金で調達する方法(以下「大規模修繕プラン」という)も、基本的には同様な考え方です。ただ、退職金プラントと大規模修繕プランとが大きく異なる点は、将来的な修繕工事等にかかる金額を予測するためには建築学(長期修繕計画書など)の知識が必要になるという点です。
長期修繕計画書は、退職金に生命保険を活用する場合の「退職金支給規程」に相当するものです。つまり、建物の修繕が突発的に行なわれたものではなく、当初からの計画に基づいて行なわれていることの証明であり、安易に節税対策のものではなく、法人存続を導く重要な経営戦略であることの証拠となります。長期修繕計画書を基に、工事の予算、サイクル、損金計上額を吟味してそれらに適した保険を選択することが重要です。このバランスを取るためにも長期修繕計画書に基づく大規模修繕プランは建物に関する財務上の戦略マップといえます。
国土交通省が定めた『官庁施設の基本的性能に関する技術基準同解説』より、「官庁施設の構造体の耐久性に関する性能」を、図表1に示します。
日本建築学会が定めた『建築工事標準仕様書・同解説5 鉄筋コンクリート工事』より、「構造体の計画供用期間の級」を、図表2に示します。
賃貸事務所ビルの短期使用計画の概要を図表に示します。長期使用計画は、短期使用計画の項目に「将来の使用計画」がプラスされます。
①現在の使用状況
②今後の賃料計画
③大規模修繕・バリューアップ計画
④資金計画
図表は、航空機のコンポーネントをイメージしたものです。この図は素人が図鑑を見ながらイメージしたものですが、専門家ならば、航空機のコンポーネントを工学的に正確に記述することができます。 主要な構成部分別に取得価額を求め、個別的耐用年数・減価償却の方法を決定し、帳簿価額を管理していけば、どのような有形固定資産でも除却法を採用することができます。